商業施設に“街の銭湯”をつくる理由
東急グループは渋谷駅を中心とした半径2.5km圏内を「広域渋谷圏」と定め、職・住・遊の3要素を融合した生活の実現を目指している。エリア内での多様な人や企業との共創、交流の仕組みや場づくりを行うなかで、原宿・神宮前エリアにおける拠点となるのが東急プラザ原宿「ハラカド」だ。
フードコートやカフェを始め、クリエイターズマーケットや新旧の雑誌を集めた共有スペースなど、入居クリエイターの個性が集まる建物の地下には「街の銭湯」が開かれようとしている。全国から消えつつある銭湯を、まだ銭湯のない原宿の街にオープンする。そんな前例のないチャレンジを牽引するのは、高円寺で創業90年を迎える老舗銭湯、小杉湯代表の平松佑介氏だ。
高円寺の街に愛され、街と歴史を重ねてきた小杉湯が、原宿に2店舗目をオープンする。街とのつながりが根強い銭湯だからこそ、このニュースは驚きあるものとして広まった。そして、当の平松氏自身も「まったく考えていなかったこと」と振り返る。
高円寺で歴史を歩んだ小杉湯と、広域渋谷圏の開発を進める東急不動産。正反対にも思える両者が共に歩み始めたのは、街との関係の中で施設の役割を考え、この先何十年と続く場所にしたいという想いが共通していたからだ。新たな場所で銭湯の価値を証明しようと動き始める平松氏に話を聞いた。
存在意義が問われる場所を続けるために
─今日は高円寺の小杉湯にお邪魔しています。この銭湯と高円寺という街との関わりの歴史について、まずは教えていただけますか
平松祐介氏(以下平松):小杉湯は昭和8年創業で、2023年に創業90年を迎える銭湯です。私が36歳の時に継業してから丸6年が経ちました。今の建物のまま、小杉湯を50年後も、100年後にも残し続けたいという想いで運営しています。
銭湯は全国で数が減り続ける斜陽産業であり、家のお風呂が当たり前の時代になってから、「銭湯は社会に必要なのか」という問いを常に持ち続けています。僕は絶対に必要だと確信していますが、銭湯だけでなく小さな本屋や喫茶店、単館系の映画館など、誰かの日常を支えてきた場所が減っている状況もまた事実。ただ続けたいという想いだけで経営を続けていくことは難しいのだと、実感させられた6年間でした。
平松:一方で、銭湯という「点」だけでの経営は難しくても、街や人とつながり「線」や「面」に展開していけば、地域と共に商いが続けられるかもしれない─。そんな希望も感じ始めています。雑多でカオスな高円寺を散歩して、小杉湯でお風呂に入ってから、商店街で一杯飲んでみたり。そんなふうに、単なる資本主義的なお金のやりとりだけでなく、人と人、人と場所のつながりに価値を見出すような関係を築ければ、街と共に銭湯を残していけるのではないかと、そう思っています。
─高円寺で銭湯を100年後も続けていくために、地域とのつながりをいっそう意識し始めたのですね。ここからはハラカドのプロジェクト担当者・東急不動産の大西里菜さんも交えながらお話しできればと思います。渋谷のまちづくりを牽引する東急不動産が高円寺の小杉湯に声をかけたのは、どのような経緯だったのでしょうか。
大西里菜氏(以下大西):ハラカドの企画が立ち上がり、どのような方々に入ってもらうか検討するタイミングで、新型コロナが流行しました。想定していたテナントさんとの話が進まず、フロア全体の目的から考え直す必要に迫られたんです。消費の価値観が大きく変わり、商業施設の存在意義さえも問われる機会でした。
「世の中に商業施設が必要なのか?」という問いに対して、もちろん簡単に答えは出ませんが、挑戦しなければ先はない。そう悩んでいた時に、当時のプロジェクト担当者が小杉湯さんと出会いました。銭湯もかつては当たり前の存在でしたが、今の時代には存在意義が問われる業態です。それでもこの先ずっと続けていくために、街と共に営みを続けようとする小杉湯さんと、この課題に取り組みたいと思いました。
平松:東急不動産さんから連絡をいただいたとき、最初はとにかく驚きました。高円寺で愛されてきた小杉湯を続けていくことが目的でしたし、僕自身もこの街が大好きですから、そもそも高円寺から出たり、2店舗目を出すという発想自体なかったからです。しかし、何度も話を重ねるうちに、街を半径2.5kmの「面」で捉える広域渋谷圏という考え方や、施設と暮らしを近付けようとする姿勢に共感し始めたんです。
非日常の日だけでなく、日常的にも訪れる商業施設を作りたい。街と向き合い、街の人に愛される場所を作りたい。地域に根差して、地域と共に歩んでいきたい。そう説明してくださいました。
小杉湯 note より
平松:小杉湯のお客さんも、半径500mくらいの徒歩圏内と、自転車でアクセスできる半径2km程の距離からいらっしゃる方が多くて。地域で働き、遊び、暮らす人たちを交わらせようとする東急不動産さんのビジョンは、僕らが高円寺で見てきたものと同じかもしれない。もちろん、街の小さな銭湯と、大規模なデベロッパーという規模の違いはありますが、チャレンジしたいことの方向性が似てると思ったんです。
そして何より、今は銭湯のない原宿で新たな銭湯をオープンして続けられれば、社会に銭湯が必要な理由を証明することができると思えました。東急不動産の方達が本当に熱量高く、ハラカドに銭湯が必要で、そこを小杉湯にしたいと強く言ってくださったこともあって、本格的に小杉湯原宿(仮称)の計画を進めることになりました。
銭湯は街に繰り出す拠点になる
─ローカルに根ざした小杉湯と、大企業でありデベロッパーである東急不動産。事業の性質も規模感も全く異なる2者が同じ目線でプロジェクトを推進していくのは、少し想像しただけでもかなり難しいのではと思うのですが…。
平松:小杉湯が新たな店舗を作るのも、東急不動産さんが商業施設に銭湯を開くことも、双方にとって新しいチャレンジでしたから、それはもう大変でしたね。チームの規模も価値観も違うので、もちろん衝突することもありました。
大西:将来的なビジョンは同じだとしても、目線が揃わずに不信感を生ませてしまった瞬間もあったと思います。ただ、そういう不安が生まれたら、お互いに高円寺と原宿の街に直接足を運び、何度も何度も対話を重ねて。その度に、小杉湯さんはこれまでの経験をもとに、いろいろな可能性を提案してくれて、凝り固まった固定観念や直感が取り除かれていきました。
平松:大企業である東急不動産さんは社内の流動性が高いため、関係値を築いた担当者さんが残念ながら異動になってしまうこともありました。ただそれでも実現に向かっていけた理由は、ここにいる大西さんも含めて引き継いだ方達の熱量が変わらず高かったこと。東急不動産という会社が、渋谷のまちづくりや新たな小杉湯に本気で、自分達が選んだ道を正解にするんだという想いが伝わってきました。
─小杉湯原宿(仮称)はどのような場所になるのでしょうか。いま人気の高いサウナや食堂付きの入浴施設にする選択肢もあったと思うのですが、そうではないのですよね。
平松:スーパー銭湯やサウナ付き施設の大きな魅力は、一つの建物で体験が完結することです。僕たちが営む街の銭湯の魅力は、お風呂に入る前後で街を体験できること。番台や休憩室で会話したり、周りの場所を訪れたりして、その街を感じることも銭湯の体験に含まれているんです。高円寺の小杉湯で味わえる、地域の商店街や飲み屋で楽しむような体験を、原宿の街でも感じてもらいたくて。
ハラカドはフードコートや共有スペースなど、銭湯の前後で過ごせる場所がたくさんあります。働く前にお風呂に入ったり、お風呂を出てからレストランでビールを飲んだり。小杉湯を打ち合わせで使う、なんてシーンも生まれるかもしれませんよね。銭湯とその前後の体験がハラカドでたくさん生まれて、それが原宿の街にも広がっていくイメージが湧いているんです。
大西:小杉湯さんと一緒に活動するうちに、銭湯は息を吸うようにコラボレーションが生まれる場所だと気付きました。誰もが生活の中で訪れる場所だからこそ、いろいろな人や企業と繋がれるんです。ハラカドのテナント同士でコラボレーションしたら、施設としての一体感が生まれそうですよね。何より、銭湯という日常的に訪れる場所がハラカドにあることで、商業施設が街から孤立しない場所になると思えたんです。
原宿の街に愛されるために
─2024年春の開業に向けて、平松さん自身も原宿の街に深く入り込んでいると思います。準備を進める中で感じたことはありますか
平松:東急不動産さんが原宿の街とずっと寄り添い続けているんだなということですね。長い時間をかけて積み重ねてきたその関係性に、僕らが今お邪魔しているような感覚があります。穏田神社や地域の町内会の方々と繋いでいただいて、地域のお祭りやキャットストリートのイベントを手伝わせてもらったり、地元の方々と一緒に飲みに行ったり。そうして少しずつ関係が生まれ、「東急不動産が紹介した小杉湯」から「原宿で銭湯をやる小杉湯」へと変わっているような状態です。
─原宿と高円寺。カルチャーというキーワードで繋がる部分もありそうですが、街や行き交う人々の気質としては異なるような印象も受けます。
平松:確かにそうですね。でも、昔から原宿に住んでいた人に話を聞くうちに、高円寺と似ている部分があることにも気付きました。高円寺のカオス感は戦後の闇市にルーツがあるのですが、原宿も戦後リトルアメリカと呼ばれ、異国のカルチャーを取り込む文化があった。街の成り立ちや、多様性を受け入れる点に共通性を感じました。
僕自身は40代で、いわゆる渋谷や原宿のカルチャーがど真ん中の世代。ハラカドには原宿の文化的な力を信じている人たちが集まっているので、ここから新しいカルチャーが生み出されるのが楽しみです。もちろん、ただレトロ文脈で扱うだけでなく、新しい世代ともかけ合わせた反応を起こしていきたいです。
─高円寺・小杉湯ならではの視点で、原宿の魅力を感じ始めているのですね。
平松:いま、小杉湯でローカル編集部を作ろうとしているんです。原宿の街を楽しんでもらうための地図や雑誌を作りたいのですが、その編集部員も、まずはハラカド半径500mに住んでいるか、働いている人に限定して募集します。まずはごくローカルなところから始め、原宿の人やお店やコミュニティとつながっていく。その先で、ハラカドの小杉湯が一番原宿を感じられるような場所にしていきたいです。
そして始まる新たな100年
─原宿と高円寺は場所こそ違いますが、小杉湯が目指す銭湯のあり方は変わらないものだと感じられました。
平松:僕の根底にあるのは、小杉湯をこの建物でずっと続けていきたいという想いです。昭和8年から90年続いてきた営みが、高円寺の小杉湯を中心として重なり、それが半径500m、2kmと広がっていった先に、今回の原宿にもつながったという感覚なんです。
富士山の壁画、白いタイル張りの浴室、ケロリン桶にミルク風呂。
サウナはありません。温かいお風呂と水風呂で体がゆるまる温冷交互浴。生産者と繋がるイベント風呂や物品販売。原宿の地域と繋がる取り組み。番台と番頭とお客さん。モットーは、きれいで、清潔で、きもちのいいお風呂を沸かすこと。
小杉湯 noteより
平松:ハラカドの小杉湯にも、高円寺で築いた90年の歴史を持っていくことはできると考えていて。今まさに設計を詰めていますが、基本的な機能はもちろん、細かなモチーフも高円寺の小杉湯を感じられるものにする予定です。お風呂場のタイルを揃えるために全国を探しまわったり、同じ銭湯絵師さんに壁画を描いてもらったり。高円寺の常連さんが来た時にも、一目で「小杉湯みたい」と思えるような場所になるんじゃないかと思います。
高円寺のコワーキングスペース「小杉湯となり」では、近所の方にもらった椅子を使っています。そんなふうに、原宿でも地域のものを集めたり、一緒に直すような取り組みができたら面白そうですよね。高円寺は高円寺、原宿は原宿で、それぞれの街を愛している人が関われるようにしていきたいです。
─新しくもあり、馴染みの場所でもある。そんな空間になりそうですね。2024年春の開業に向けて、どんな人々に注目してもらいたいですか?
平松:ハラカドが開業前のタイミングだからこそ繋がれる人たちがたくさんいます。ある意味、オープンしてからではなく、オープン前にどこまで面白くできるかが勝負だと思っているんですよ。この記事を読んで何かを感じていただいた人には、まさに今関わってくれたら嬉しいです。
小杉湯 Official HP
https://kosugiyu.co.jp/
小杉湯 note
https://note.com/kosugiyu/
東急プラザ原宿「ハラカド」Official HP
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