PROJECT LIFE LAND SHIBUYA
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100年後の未来から、渋谷を描く。
≪Might Be Classics≫とアーティストの理想的な関係

菅野歩美 & CCCアートラボ

2024.02.21

  • #渋谷
  • #インタビュー
  • #アート
TSUTAYAおよび蔦屋書店などの運営で知られるカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下、CCC)が、≪Might Be Classics≫と呼ばれる革新的なアートプロジェクトを推進中だ。その第1弾アーティストに選ばれ、学生対象アワード「CAF賞2023」で最優秀賞を受賞した美術家の菅野歩美さんと、本プロジェクトの発案者であるCCCアートラボのお2人を迎えて、広域渋谷圏におけるアートの可能性を語ってもらった。

アーティスト一人ひとりが"主役"として躍動する"場"を

昨年5月、CCCと東急不動産が「まちづくり協定」を締結した。これは両社の施設やコンテンツといった様々なリソースを活用したアート、ゲーム、音楽、フード、スポーツなどのカルチャーを軸に、広域渋谷圏のにぎわいを生み出していくことが主な目的だ。

その第1弾が、次世代アーティストの支援を目的としたアートプロジェクト「SHIBUYA ART BASE」である。日本において、絵画や彫刻と比べ馴染みが薄く発表の場も限られているアートにも焦点を当てることにより、アーティスト一人ひとりが"主役"として躍動する"場"を創り、渋谷におけるアーティストとアートファンの「共創の輪」を広げていくという。

≪Might Be Classics≫|#1 菅野歩美「明日のハロウィン都市」(写真左)、#2 光岡幸一「魂心の一撃」(写真右)
≪Might Be Classics≫|#1 菅野歩美「明日のハロウィン都市」(写真左)、#2 光岡幸一「魂心の一撃」(写真右)

プロジェクトのテーマは、≪Might Be Classics≫ 。東京を舞台に生まれたアートが、100年後の定番や常識……あるいは伝統になる“かもしれない(=Might)”という想いが込められており、これまでに菅野歩美『明日のハロウィン都市』、光岡幸一『魂心の一撃』といった興味深い個展が桜丘に位置するイベントスペース「Shibuya Art Collection Store(以下、SACS)」で開催されてきた。2月23日からは、第3弾として現代美術家・渡辺志桜里の個展『BLUE』もスタートする。

アーティスト本人にとって、≪Might Be Classics≫で作品を発表する意義とは? そして、広域渋谷圏だからこそ成り立つアートの表現、可能性とは? 本プロジェクトの仕掛人にしてCCCアートラボに所属する磯谷香代子さん、木村直大さんの両名と、『明日のハロウィン都市』で見事「CAF賞2023」の最優秀賞に輝いた菅野歩美さんに話を聞いた。

ほどよく狂った菅野歩美ワールドの虜に

─みなさんの出会いのきっかけは何だったのでしょうか。

木村直大(以下、木村):CCCで仕事をはじめる前から、磯谷さんとは共通のライター友達を通じて繋がっていたんですよね。ある日、その友達がInstagramのストーリーズで菅野さんの作品をアップしていて、彼女のアカウントもタグ付けされていたんです。「あ、すごく良いな」と思って、僕もフォローさせてもらって。ちょうど菅野さんがグループ展を開催中だったから、実際に作品も見に行きました。いつかお仕事でご一緒できればとは考えていましたが、その1〜2ヶ月後に≪Might Be Classics≫のプロジェクトが立ち上がったので、磯谷さんに菅野さんを推薦することになったのが出発点です。

木村直大|CCCライフスタイルラボ本部 アートラボ事業部 事業戦略部。今回の東急不動産とのプロジェクトでは磯谷との展示企画に加えて、DJのブッキングも担当。趣味はサウナ巡り。休日は愛猫と過ごす。
木村直大|CCCライフスタイルラボ本部 アートラボ事業部 事業戦略部。今回の東急不動産とのプロジェクトでは磯谷との展示企画に加えて、DJのブッキングも担当。趣味はサウナ巡り。休日は愛猫と過ごす。

磯谷香代子(以下、磯谷):私も同じで、そのライターさんのInstagramを見て菅野さんの存在は認識していました。木村さんの推薦もあって実際に作品を見てみたいなと思っていたときに、たまたま「有楽町アートアーバニズム(YAU)」(有楽町を舞台に、アートによる創造的なまちづくりを目指すプログラム)で菅野さんのトークセッションがあったんですね。それがすごく面白くて、今回の企画にも合っているなと確信しました。その日は声をかけずにこっそり話だけ聞いて帰ったんですけど…(笑)。

印象的だったのは、作品をつくる方向性や趣旨というものを、ご自身の口できっちり説明されていたんですね。また、東急不動産さんからも広域渋谷圏をベースにした「アートの場」をつくりたいという要望をいただいていたので、菅野さんが主軸を置かれているフォークロア/オルタナティヴ・フォークロア(※)ともマッチするんじゃないかと。それで、渋谷をテーマにした作品をつくっていただけないですか? と依頼させてもらいました。

※「フォークロア」とは、古く伝わる風習・伝承、またはそれを対象とした学問のこと。「オルタナティヴ」とは代案、代替物、あるいは(主流な方法に取って代わる)新たなものを意味する。菅野歩美さんは、どこの土地にも存在する、土地にまつわる物語や伝説、怪談に着目し、なぜ人々によってそれが紡がれてきたのか、その背後にある歴史や個人の感情を想像することで生まれる「オルタナティヴ・フォークロア」を映像インスタレーションによって表現。作品の制作を通して、メディアアートとして生まれ変わったフォークロアが私たちにもたらすことは何かを研究している。

磯谷香代子|CCCライフスタイルラボ本部 アートラボ事業部 事業戦略部。2018年度文化庁メディア芸術祭京都展「ゴースト」メンバー。2018-2021年 KYOTO STEAM ―世界文化交流祭― ディレクター。2022年Brain Eno Ambient Kyoto企画制作。2023年Ambient Kyoto 2023実行委員会ディレクター。など様々なアーティストとの展示企画や企業案件などを行う。
磯谷香代子|CCCライフスタイルラボ本部 アートラボ事業部 事業戦略部。2018年度文化庁メディア芸術祭京都展「ゴースト」メンバー。2018-2021年 KYOTO STEAM ―世界文化交流祭― ディレクター。2022年Brain Eno Ambient Kyoto企画制作。2023年Ambient Kyoto 2023実行委員会ディレクター。など様々なアーティストとの展示企画や企業案件などを行う。

木村:はじめてちゃんとご挨拶したのは、桜丘の喫茶室ルノアールでしたね。

─最初にお2人からオファーがあったとき、菅野さんも驚かれたのでは?

菅野歩美(以下、菅野):本当にビックリして、詐欺だったらどうしようと思いました(笑)。それまでCCCさんとは何の繋がりもなかったですし、Instagramのストーリーズがきっかけで、まさか私みたいな無名のアーティストにこんなお話が来るわけないだろうって。当時はそこまでキャリアも積んでなかったですからね。だから、第1回目で私に依頼するということは、「この人たちは賭けに出たんだな」って。

菅野歩美|1994年東京生まれ、東京藝術大学大学院博士後期課程在籍中。どこの土地にも存在する、土地にまつわるフォークロアがなぜ人々によって紡がれてきたのか、その背後にある歴史や個人の感情を考えながら映像インスタレーションを制作している。主な展覧会に『Study:大阪関西国際芸術祭「無人のアーク」』(うめきたSHIPホール、大阪、2023)、『GEMINI Laboratory Exhibition:デバッグの情景』 (ANB Tokyo、東京、2022)、『News From Atopia/アトピアだより』 (コートヤードHiroo、東京、2022)など。
菅野歩美|1994年東京生まれ、東京藝術大学大学院博士後期課程在籍中。どこの土地にも存在する、土地にまつわるフォークロアがなぜ人々によって紡がれてきたのか、その背後にある歴史や個人の感情を考えながら映像インスタレーションを制作している。主な展覧会に『Study:大阪関西国際芸術祭「無人のアーク」』(うめきたSHIPホール、大阪、2023)、『GEMINI Laboratory Exhibition:デバッグの情景』 (ANB Tokyo、東京、2022)、『News From Atopia/アトピアだより』 (コートヤードHiroo、東京、2022)など。

磯谷:いやいや(笑)。あの日の1時間ぐらいのトークでも、この方に任せて大丈夫だなと確信するには充分すぎるほどでした。話の中で文脈がしっかりと伝えられていましたから。

木村:「SHIBUYA ART BASE」の根幹にあるのが次世代アーティストの支援なので、やっぱり既にキャリアのある作家さんよりも、若手の作家さんにクローズアップしたいという狙いはありました。そういう意味でも、このタイミングで菅野さんをご紹介できたのは僕たちにとっても有意義でしたね。

次世代アーティストを応援することを目的としたアートプロジェクト「SHIBUYA ART BASE」
次世代アーティストを応援することを目的としたアートプロジェクト「SHIBUYA ART BASE」

磯谷:私たちも職業柄、日々いろんなアーティストの作品を見たりリサーチしたりしているんですね。ご自身のWebサイトのつくり方とかにも作家性が現れると思っているので、菅野さんはフォントの使い方とかも含めてほどよく狂っているというか……見る側の心が少しざわつく感じが面白いなあって感銘を受けました。

菅野:あ、最近ちょっとリニューアルしちゃいました(笑)。作品もサイトもそうなんですけど、やりたいことは全部やってみたいと思っていて。3DCGを使いはじめたのも、日常や自分の趣味の延長線上だったりするんですよね。

私は油絵科の出身で、今もその博士課程に籍を置いているんですけど、普通にデッサンで東京藝術大学に入りました。いろんな表現方法を模索していく中で台湾に留学したとき、現地の同世代がみんな気軽にCGを使っていたので、じゃあ自分もフリーソフトでやってみようかなと。そこから完全にタガが外れて、3DCGにのめり込みました。

器用じゃなくても表現できるのがアート

─みなさんのアート原体験についても聞かせていただけますか?

菅野:私はありきたりで、子どもの頃から粘土をこねるのがすごく好きでしたね。私が小〜中学生の頃に「才能の無駄遣い」って言葉がインターネットで流行りまして、まさにそれを体現する子どもだったかもしれません(笑)。当時はバレー部だったんですが、朝練や夕練が終わってから家でハロウィンのお面を20個ぐらいつくって、学校で配るみたいなことを積極的にやってました。それこそ徹夜で打ち込んでいたら、進学先として美大というものがあるんだと知って。

手先は全然器用ではなかったです! でも、器用じゃなくても表現できるのがアートじゃないですか? それで一応器用じゃなくても許してもらえそうな油絵科にして。絵が上手いだけじゃなくて、アイディアが面白ければアートになるんだなって。そういえば私、先日の『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』を見てマジで感動したんですよ(笑)。あ、私はこれを目指していたんだなあと思って。あれってもうアートの領域ですよね。

木村:僕は音楽や映画が好きな青春時代を過ごしていたので、そういう人って自然とアートにもハマって美術館に通うようになるじゃないですか。大学では美術とはまったく関係ない学部に入ったんですけど、音楽系のサークルで「専攻どうする?」って話になったとき、そこにいたギャルの子が「美美(びび)に行く」って話してて、「それ何?」って聞いたら美術史のことだと。あ、そういうコースもあるのか! と気づいてから、紆余曲折を経て美術史の学士になりました。もっと歴史とか文脈を理解できたほうが、現代アートがより楽しめるんじゃないかと思ったんですよね。

磯谷:私は子供の頃、図画工作の授業で描いた絵を先生がよく褒めてくれた記憶がありますね。学校の成績も図工だけ飛び抜けて良くって、コンクールでも入賞したりして。すると、子どもって調子に乗りますから(笑)。「私、将来は画家になる!」って息巻いていたんですが、大人に近づくにつれて現実の厳しさを知り……自分に折り合いを付ける形でデザイナーに転向したんです。それで大学は建築系に進学して、その後はロンドン芸術大学(UAL)に留学しました。UALではいわゆるファインアートの学生と触れ合う機会が多かったんですが、これは今まで自分が思ってきた美術とは全然違うぞと。イギリスでの実体験から現代アートのリアルな世界を知って、めちゃくちゃ面白いなと思って、それが趣味になり、仕事になり、今に至るという感じです。

≪Might Be Classics≫から浮かび上がる時代性

─3人が共通して好きなアーティストっていらっしゃるんですか?

磯谷:そういう話って意外としたことないかも?

菅野:難しいですよね。あ、でもお2人が≪Might Be Classics≫で選ばれるアーティストは、私も大好きな方ばかりです。光岡幸一さんも、渡辺志桜里さんも、「マジっすか!?最高!!」みたいな。第1回目で誘っていただいたので、ぶっちゃけどういうシリーズになっていくかわからなかったじゃないですか。今になって、お2人の人選がすごく腑に落ちるなって思います。

木村:恐縮です!

磯谷:そこは一応、アートの目利きとして頑張っている部分なので……アーティスト本人にそう言ってもらえるのは嬉しいです。それに、1回目って非常に重要だったんですよ。今回は偶然も重なりましたが、私たちもすごく時間をかけて選ばせていただいているので、≪Might Be Classics≫がいい方向に向かってるなと自負しています。

─≪Might Be Classics≫に選ばれる基準みたいなものはあるんでしょうか。

木村:決して年齢で縛りを設けているわけではないんですけど、その場所とかアーティスト本人の表現したいテーマとか、何らか共鳴する部分があることは前提ですよね。菅野さんが言ってくれたように、「この人の後だったらどんなアーティストが来たらシリーズとして面白いか?」みたいなことはすごく考えています。

磯谷:個人的には時代性をちゃんと反映できる方や、今この方にやってもらうことに意義があると感じたアーティストにオファーしたいなと思っています。現代アートにおいては、その時代をどう表現できるのか? というのが重要なポイントなので。木村さんと私の中で、「この人は今だろう」「今じゃないよね」といったタイミングについてはかなり慎重に議論を重ねています。それがほんの少しズレるだけで、アート作品の持つ意味合いが変わってしまうことがあるんです。そこは2人とも、同じポイントでプロジェクトを見られているなと感じますね。

─そういう意味でも、菅野さんがモチーフとした「渋谷のハロウィン」はぴったりでしたね。

木村:菅野さんからハロウィンのアイディアを聞いたとき、さすがだなあと思いました。

菅野:私に求められているものは何かって考えたとき、もともとモチーフとして扱ってきた妖怪・怪談といったアイディアもあったと思うんです。でも、渋谷におけるフォークロア/伝承と捉えたときに、大規模な再開発が進むこの場所でそれをやるのってすごく意味が生まれるというか。壊すこと、つくること、変えていくこと……いわゆるジェントリフィケーションによって助けられる人もいれば、そうじゃない人もいるわけで。それなら一度、渋谷の中で、今ちょっとだけ煙たがられているもの――ハロウィンをピックアップしてみようと思ったんです。

桜丘のSACSで開催された『明日のハロウィン都市 / Halloween Cities of To-Morrow』の模様(©小川尚寛)
桜丘のSACSで開催された『明日のハロウィン都市 / Halloween Cities of To-Morrow』の模様(©小川尚寛)
菅野歩美『明日のハロウィン都市 / Halloween Cities of To-Morrow』より
菅野歩美『明日のハロウィン都市 / Halloween Cities of To-Morrow』より

100年後の未来から見た渋谷ハロウィン

─2023年の渋谷ハロウィンは、区長自ら「渋谷には来ないで」と訴えかけたことで話題になりました。ある種カオスの象徴でもあったあのイベントをどのように作品として落とし込んだのでしょうか。

菅野:渋谷ハロウィンって、昔の人々が日々の鬱憤を晴らすために祭や一揆をはじめたことと似てるなと思ったんです。思い思いのコスプレをして、酒を飲んで、踊って、騒いで……。今って、祭そのものがちょっと厳格というか、ルールがたくさんあるから、そこでもう人々の鬱憤は晴らせなくなっていますよね。それがハロウィンという形で、現代に出現した。

以前トークイベントでご一緒したあしやまひろこさん(装いの研究者)も仰っていたんですが、これは今見ておくべき現象なんだなって思いはじめてから、渋谷の開発の歴史とか、祭の成り立ちを研究しました。『明日のハロウィン都市』というタイトルは、100年後の未来から見た今の渋谷とか、ハロウィンをちょっと考えてみようかなということで、『明日の田園都市』(イギリスの都市計画家エベネザー・ハワードの著書)をもじっています。

磯谷:これは素晴らしいなと思いました。きちんとリサーチャーの方も入れて、時代考証などの裏付けもしっかりされているので。

菅野:最初にお会いしたルノアールの時も、土地とかドーナツ化現象とかのお話を2人がバーッてしてくれて、めっちゃ盛り上がりましたよね。「この2人、只者じゃない!」って(笑)。

─「CAF賞2023」では、“パーソナルな視点から一旦距離を置いて、社会的によく知られた時事的なトピックや、コミュニティに共有の課題に対して、俯瞰的な視点でアプローチする力を持っている”と評価され、最優秀賞に輝きました。この結果をお2人はどう受け止めましたか。

磯谷:もう、自分のことのように嬉しかったですね。「獲ってるー!」みたいな。

菅野:ちょうどお2人が受賞発表式の直前に来てくださったんですが、その時はまだ結果がわかってなくて。「じゃあまた!」って挨拶した後に、受賞の連絡があったんです。だから母よりも先に木村さんに電話しました(笑)。

木村:ちょうど僕が別件の搬入作業でトラブってて、担当者に20回ぐらい電話をかけている最中に菅野さんから着信があったんです。だから、焦ってて反応が薄かったなと反省してます(笑)。

菅野:あれ、もしかして電話するものでもないのかな? と思って、磯谷さんに連絡をするの躊躇しちゃいましたもん。そしたら磯谷さんがすぐ電話をかけてきてくれて、「おめでとー!!」って。

磯谷:人生で一番ぶち上がってください!って伝えました。

菅野:家族や友人以外にも、報告できる人が増えたというのは嬉しかったです。この1年でお世話になった方がたくさん増えたから、私としても「みんなに言いたい!」って思ったんですよね。今まではこれといった受賞歴もなかったので、「なんで私なんだろう?」と少し卑屈になってしまうこともあったんですが、これでやっと皆さんに恩返しが出来るというか。

磯谷:有楽町のYAUの方たちも喜んでくれましたよね。各デベロッパーの担当者たちが、企業の垣根を超えて1人のアーティストを祝福してくれた。菅野さんが「CAF賞2023」を受賞したことで、すごくいい輪が出来たなと思っています。

─菅野さんが表現されてきたオルタナティヴ・フォークロアという観点で、広域渋谷圏にはどんなアートの可能性があると感じていますか。

菅野:渋谷に限らずですが、今ってアートそのものがブームじゃないですか。AIがそれの反対勢力のようにある中で、「人間はアートをやっていくんだ」みたいな流れになって、素晴らしいアートが次々と生まれている側面もあるとは思うんですけど。でもそこで、アーティスト自身がもうちょっと気を付けるというか、自覚しなきゃいけないんじゃないかとは思います。この流れにただ身を任せていくんじゃなくて、その都度ちゃんと立ち止まって、考えること。今ここでこれをつくったらどうなるのか? この先の未来がどうなっていくのか? どうメンテナンスしていくのか? といった議論もアーティストには必要なんですよね。

磯谷:もちろん、いろんな可能性があるとは思います。その中でも、アーティストって社会の課題を提示してくれる存在でもあって。今世の中で起こっていることを見て、「これは気にかけるべきことなのでは?」ということを作品化して、我々に伝える役割を担ってくれている。この街とどう向き合っていくのか、どういう活動をしていくのか――について、菅野さんのようなアーティストが自覚的だというのは、とても頼もしいですよね。

アートによって問題を解決できる部分と、できない部分は当然あるんですけど、とにかく考えながら進めていく。街の再開発だってアッパーな側面だけじゃなくて、ネガティブな側面も絶対にあるので、そういうものから目を背けないことが重要かなと思います。

時には代弁者として、アーティストの表現を守る

─「Shibuya Sakura Stage」が開業したら、広域渋谷圏でアート・ツアーみたいなこともできそうですね。CCCアートラボが、≪Might Be Classics≫を通して実現したいことは何ですか?

木村:現代アートに関していうと、メディアアートってある意味もう主流じゃないですか。むしろ今、伝統的な画材でキャンバスに向き合っているアーティストのほうが逆にハードコアだよな…みたいな。既にこれほど重要な表現形態になっているにも関わらず、日本のアート界だと欧米に比べてあまり予算が付かないというジレンマがあって。でも、そういう表現って絶対に大事だし、アートファンに限らず、触れた人はきっと何か得られるものがあると思うんです。そこで日常的に美術館に行ったり、アートに触れる習慣がないと、パッと見で「難しくてよくわかんない」ってなっちゃう人はまだまだたくさんいる。我々の活動を通して、そういった人たちとアートの接点を増やしていけたら最高ですね。

磯谷:今後も≪Might Be Classics≫は第4弾、第5弾と控えていますが、まずは続けていくことがすごく重要で。表現において言えば、アーティストはたぶん……メディウム(媒体)も常に最先端のものを取り入れていったほうが可能性が広がっていくんだろうなって感じています。とはいえ、最先端のメディウムを使えば使うほどそれを理解できる人の母数は少なくなるので、作品の買い手が見つからず、生活が立ち行かなくなるというデメリットもあります。そういった資本主義の構造をわかってくださる人が増えたり、その挑戦に何らかの価値を感じてくれる人が増えたりすると、アーティストの在り方もまた変化していくのではないでしょうか。

菅野:同感です。私と同じようにインスタレーションや現代アートをやってきた同期はどんどん数が減っていますし、別の仕事をやりながら並行して……というアーティストもいるんですけど、どうしたって絵だけを描いて売って生活していける人には敵わないんですよね。

そんな中で、≪Might Be Classics≫では自分一人だけが悩んで疲弊しなくてもいい条件や環境を与えてくれた。会場だってSACSのような空間を自腹で借りるのって現実的じゃないですからね。この規模感でも完成できた! という自信が持てたし、本当にやりたいようにやれたので、アーティストとして表現の幅が広がったと思います。

─今後、コラボレーションしてみたい企業などはありますか。

磯谷:具体的にここ、というのは無いんですが、最先端技術を持っている企業さんと、アーティストのマッチングがうまくいったら面白いなって思います。ただし、それって企業さん側の意思が強すぎると広報になるというか、アーティストの搾取になってしまう危険性もあるんですね。あくまで作品の一部として、自社のテクノロジーを使うことを良しとしてくださる企業さんとはぜひご一緒したいなと。

私も会社員なので、広報じゃないと予算が降りにくいという事情は理解できます。でも、アーティストによる新しい視点が加えられることで、企業にとってもプラスになることは多いはずです。アーティスト側も、立場的にお金もらってるしな……って遠慮があって言えないケースもあると思うんですけど、だからこそ私たちみたいな人間が必要なんだろうなと思っています。

菅野:本当にすごいんですよ、この人たち。私たちアーティストにとっての鎧みたいな(笑)。≪Might Be Classics≫の展示をやる時も、お2人が「ここだけは譲れない」っていうことを、私の意図も伝えつつ代弁してくれたんですよね。そんな環境で制作できたことって今までに無かったし、これって当たり前のことじゃないよなとも実感しています。今日のインタビューも、隣に磯谷さんと木村さんがいてとても心強かったです。

─木村さんはいかがでしょう。これからの渋谷に、どんなことを期待していますか?

木村:僕は80年代生まれなので、買い物するにも遊ぶにも何をするにも渋谷が中心だったんですけど、正直その頃の元気が無くなってきたとは感じていて。そういう文化的なエネルギーが昔以上に渦巻く街になってほしいです。それこそ日本だけじゃなく、アジア中の若いクリエイティビティが集まる場所というか。≪Might Be Classics≫の活動が、その一助になれたら嬉しいですね。

<個展情報>

≪Might Be Classics#3≫ 渡辺志桜里「BLUE」

会期|2024年2月23日(金・祝)~3月10日(日)※月曜休廊
会場|SACS(東京都渋谷区桜丘町16−12 桜丘フロントビル 1階)
時間|12:00~20:00
入場|無料
企画制作|CCCアートラボ
共催|東急不動産株式会社
宣伝美術 | PRETEND
機材協力 | エプソン販売株式会社
協賛|中村酒造場

【関連イベント】
トークセッション:坂本麻人×渡辺志桜里「エイリアン・エコロジー」
DJ:Fuck Masta Fuck、mitokon
日時|2月29日(木)2/29 19:00~22:00
入場|無料入場無料、フリードリンク
詳細はinstagramにて

Text:Kohei Ueno/Photo:Nozomu Toyoshima

PERSON

菅野 歩美

美術家

1994年東京生まれ、東京藝術大学大学院博士後期課程在籍中。どこの土地にも存在する、土地にまつわるフォークロアがなぜ人々によって紡がれてきたのか、その背後にある歴史や個人の感情を考えながら映像インスタレーションを制作している。主な展覧会に『Study:大阪関西国際芸術祭「無人のアーク」』(うめきたSHIPホール、大阪、2023)、『GEMINI Laboratory Exhibition:デバッグの情景』 (ANB Tokyo、東京、2022)、『News From Atopia/アトピアだより』 (コートヤードHiroo、東京、2022)など。

磯谷 香代子

CCCライフスタイルラボ本部 アートラボ事業部 事業戦略部

2018年度文化庁メディア芸術祭京都展「ゴースト」メンバー。2018-2021年 KYOTO STEAM ―世界文化交流祭― ディレクター。2022年Brain Eno Ambient Kyoto企画制作。2023年Ambient Kyoto 2023実行委員会ディレクター。など様々なアーティストとの展示企画や企業案件などを行う。

木村 直大

CCCライフスタイルラボ本部 アートラボ事業部 事業戦略部

今回の東急不動産とのプロジェクトでは磯谷との展示企画に加えて、DJのブッキングも担当。趣味はサウナ巡り。休日は愛猫と過ごす。

SPOT

SACS Shibuya Art Collection Store

渋谷の谷底から、世界へ。今この時代に混沌とした渋谷の魅力を新たにつくりだすイベントスペース、アートギャラリー。世界のどこにもない渋谷だけの何かを展示している。運営は、渋谷の観光案内所&アートセンター「shibuya-san」。