ハードとソフトの両面からディープテック・スタートアップを支援する

冒頭挨拶を務めた東急不動産の黒川氏は「日本最大級のディープテックコミュニティ拠点を目指し、渋谷から世界を動かしていく」とSAKURA DEEPTECH SHIBUYA のビジョンを説明。東急不動産はこれまでも広域渋谷圏におけるスタートアップ支援としてオフィススペースの提供に加え、オフィス以外にもビジネス交流の場となるサウナやコミュニティスペースの整備、VC・CVCを通じた投資、産官学連携による事業機会創出など、多面的なサポートを行ってきた。
SDSではこうした取り組みをさらに発展させ、エネルギー、AI、ロボティクスなど、社会に大きな影響を与える可能性のある高度な技術領域であるディープテック分野に特化し、グローバルな協力を前提とした支援体制を整えていくという。

渋谷サクラステージ セントラルビル12階のフロアに展開するSDSは、200名程度を収容できるイベントスペース、会員が利用可能なコワーキングスペースや個室のほか、最先端の機材でハードウェア開発を推進するドライラボを備えている。さらに、徒歩圏内にはウェットラボも計画されており、研究開発の発展とビジネスを推進する最適な環境が用意される。


ハード面だけでなくコミュニティを醸成するソフトの取り組みであるネットワーキングやメンタリング機会などの提供もSDSの大きな特徴だ。東急不動産とともにSDSを舞台としたアクセラレータープログラム「Sakura Deeptech Accelerator」を運営するスクラムスタジオは、国内外100社以上の投資実績を持つVC。スタートアップと大企業の事業共創や、日本企業の海外進出をサポートしてきた経験豊富なパートナーだ。SDSでも世界に影響を与えるスタートアップの成長を支援するため、2025年4月のプログラム開始に向け10社程度の採択を進めている最中だという。

スクラムスタジオ代表の高橋正巳氏は「ディープテック・スタートアップは初期段階からグローバルな視点を持つことが重要。国内外の研究機関やVC、さらには大企業も多く参画するコミュニティと密に連携しながら、メンタリングやコミュニティ形成、事業共創を通じて支援する側/される側のWin-Winな関係を築いていく。『渋谷から発信すること』も強力なブランディングになるだろう」と意気込んだ。

国内外、産官学を横断するサポートコミュティ
ディープテックは世界を変える革新の可能性を秘めているが、基礎研究から社会実装まで時間と資金がかかる領域でもある。そのため、短期的な高リターンを狙う従来の投資とは異なり、自治体や国の支援も不可欠となっていく。SDSには、ディープテック・スタートアップのグローバル展開のために伴走支援する産官学のサポーターが集まっており、一体となって支援活動をしていく。


MIT ILPのSteven氏はMITにおける日本人留学生の歴史に触れながら、日本のスタートアップがいかに国際的な差別化を図るかへの期待を述べた。一方、行政の立場から登壇した経済産業省の桑原氏は、SDSの開業が政府のスタートアップ支援強化やインバウンドの増加、さらには2025年9月に予定されている「Global Startup EXPO 2025」の開催といった潮流とシンクロしている点を強調。SDSが国際的なイノベーション拠点として機能することに大きな期待を寄せ、政府としても全面的にバックアップしていくと語った。

基調講演「ディープテック・エコシステムの現在地」には、MITのVaranasi氏が登壇。自身の研究室から生まれたディープテック・スタートアップの事例を紹介し、科学的な基礎研究がどのように社会へインパクトを与えるかを聴衆に訴えた。

たとえば、彼のチームが開発したコーティング技術を活用する「LiquiGlide」は、粘性の高い液体を滑らかに流すことで、最後まで使い切れるケチャップボトルや、医療分野での応用など、幅広い用途で活躍するスタートアップだ。この技術は石油・ガス産業や消費財包装、医療機器分野においても、安全かつ画期的なソリューションを提供している。
また、クライメートテック(※世界的な気候変動の問題を解決するため、CO2排出量の削減や地球温暖化の影響への対策を講じる革新的なテクノロジー)の領域においては発電所や工場の冷却塔排気から水を回収し、水の消費量と処理コストを削減する「Infinite Cooling」や、低コスト・高性能な充電式エネルギー貯蔵技術を提供する「Alsym™ Energy」などを紹介。いずれの事例も技術革新だけでなく、経済的なインパクトにも大きな可能性を秘めていることを感じさせるものだった。
各界識者によるディープテック領域の未来洞察
カンファレンスではSDSの開業に駆けつけた各界の識者によるリレーピッチも実施された。「各界オピニオンによるディープテック領域の未来洞察」というテーマにふさわしい、示唆に富んだ意見の数々から一部を紹介しよう。

内閣府の有賀理氏は、学生時代に科学技術を学んだ後、経済成長とビジネスの関係を研究してきた自身の経歴を紹介。技術革新が先進国のGDP成長に与える影響について触れながら、投資の主体にも変化が生じていることを指摘した。
かつては政府が主導していた産業投資も、今ではVCなど民間資本の存在感が増している。一方で、技術の社会実装には規制や人権保護といった制度も不可欠だ。産業界・アカデミア・政府が情報を共有しながら歩むことが、持続的なイノベーションには欠かせない——そうした視点から、SDSへの期待を語った。


沖縄科学技術大学院大学(以下OIST)のGil Granot-Mayer氏は、大学発のディープテック支援のあり方について言及した。OISTでは、技術開発だけでなく、資金調達や知的財産の管理を学ぶプログラムを提供し、実践的にプロジェクトマネジメントを学べる環境を整えている。
OISTでの研究から生まれた国際的なスタートアップを紹介したGil氏は、大学の役割が単なる研究機関から「実用化を支援する場」に変わりつつあることも強調。特に、ローカリゼーションの重要性や、基礎研究が市場に出るまで数十年かかることもある現実に触れ、「大学がいかに研究成果をスマートに市場へ押し上げていくかが重要になる」と述べた。

MIT滞在中の辻本将晴氏はオンラインで登壇。エコシステムの概念を提唱した第一人者でもある辻本氏は、「ディープテック・スタートアップ・エコシステム」の構造を図示しながら、研究者・アントレプレナー・事業会社・投資家・政府・大学・顧客といった多様なアクターがどのように連携すべきかについて見解を述べた。
特に、日本の研究者は技術力は高いものの、「エクイティストーリー(投資家に響く事業戦略)」を描くのが苦手であり、それが資金調達の障壁になっていることを指摘。ただし、外部から経営人材を採用するだけでなく、研究に注力しつつ新たな市場を構想できる人材を育てることが重要だとして、ディープテック向けのデザインスクールの必要性を提案した。

さらに、菅野智子氏(東京大学 生産技術研究所 教授 / 総長特任補佐)、入山章栄氏(早稲田大学大学院経営管理研究科 教授)、深田陽子氏(ソニーベンチャーズ株式会社 インベストメント ダイレクター)、渡部志保氏(シブヤスタートアップス株式会社 代表取締役社長)といった識者もオピニオンを述べ、最後には分野を超えた意見交換も行われた。政府や大学関係者、事業会社の先達や投資家が一堂に会し、それぞれの視点からディープテックの未来を語りあう熱量は、SDSがこれから築いていくコミュニティの可能性を強く感じさせるものだった。

セッションの合間には、渋谷区長の長谷部健氏も駆けつけた。「スタートアップが集うことは、渋谷の大きな強みになる」と語り、実証実験の場の提供や、制度設計、投資支援など、自治体としての取り組みを紹介。渋谷区の基本構想である「ちがいをちからに変える街」のもと、働く人・訪れる人が交わり、新たな価値を生み出すことへの期待を滲ませた。

先人たちの挑戦から学ぶ、未来へのヒント
イベントの終盤では、ロボティクスやAI、クライメートテックの先駆者たちを迎えたパネルセッションが開催された。

Hermano Igo Krebs氏は、長年にわたり人間の能力拡張技術を開発し、4Motion Roboticsなど複数のロボティクス企業を立ち上げてきた人物。彼がMITの学生時代から研究を続けるリハビリロボットやデバイスは臨床試験で効果が実証され、公的機関のガイドラインにも採用されている。
一方で、医療機関のバイヤーと実際の利用者の間にあるズレなどにも直面し、家庭向け市場の開拓にも注力してきたKrebs氏は、スタートアップの製品が社会に浸透するまでの長期的な取り組みの重要性を強調した。

続いてマイクを受け取ったのは、Apptronik共同創業者のLuis Sentis氏。彼は日本のコンテンツから多大なインスピレーションを受け、人型ロボット(ヒューマノイド)の開発に情熱を注いでいる。Apptronikは、まずはAssistive Tech(支援技術)を主軸とする製品を展開し、高度な技術を要する分野で着実に成長を続けている。今後は宇宙領域での活用も視野に入れ、競争の激しい市場において、研究に根ざした技術で差別化を図ることの重要性を語った。

Krebs氏とLuis氏のほか、クライメートテック領域からはVerdox創業者のBrian Baynes氏が登壇。また、量子コンピュータと大企業による大型イノベーション探索最前線をめぐるセッションでは経済産業省 量子技術推進委員長の寺部雅能氏と三菱ケミカル株式会社の高 玘氏が登壇し、業界を超えたイノベーションの可能性を探索した。


「ちがいをちからに変える街」を基本構想とする渋谷区にふさわしく、国内外・各業界から多様なプレーヤーが集まり、幾多の議論が行われた一日。SDSのスタートを切るにふさわしい濃密な内容だったが、この後継が当たり前のものとなるような日々が続いていくはずだ。アクセラレーションプログラムの本格始動やドライラボの完成を経て、さらなるコミュニティの拡大に期待していきたい。
「SAKURA DEEPTECH SHIBUYA」 公式HP
https://www.sakuradeeptechshibuya.com/